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能の稽古シリーズ⑥

                                                                No.能-006
                                              
                      リトールダー松田の”能の学習メモ”

                                      『 清水寺 』

  清水寺は能に良く登場する寺らしく、”熊野”、”田村”、”花月”と初心者の私でも
3曲で出会っている。 寺の由来は古く、平安遷都(794年)より前の778年頃まで
遡るとされている。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ”田村”には大同2年(807年)坂上田村麻呂の御草創と書かれている。
坂上田村麻呂が寺地を賜り、弘仁元年(810年)、嵯峨天皇の勅許を得て
公認の寺院となった事は史実とされている。
大同は歌で有名な在原業平のお祖父さんに当たる平城天皇の時代。

『枕草子』には、「さはがしきもの」の例として清水寺の縁日の日を挙げられている事
から平安時代、既に多くの参詣者で賑わっていたようである。

 平安京の都市計画では、民間のお寺は条理の中には建てないのが原則で、
公立で、しかも天皇直轄の東寺と西寺だけが条理の中に建てられていた。

空海が中国から帰ってきたのが806年、823年に天皇から東寺を賜っている。
東寺は官立だから与える事ができた。
 また、平安京では天皇が平安宮に、2条から6条くらいの左京に貴族が、
六条から九条の左京に武士が住居を構えていたようで、平氏一門は六波羅
一帯に邸を連ねていた。右京には平民が住み農地がほとんどだった。
”熊野”に登場する平宗盛は今の京都駅(八条)付近に住んでいたらしいので
清水寺はちょうど良い距離の花見所に位置している。

 
地図で見ると京都は山に囲まれた、小さな盆地で、花見や紅葉狩りなど
すぐ近くで自然とつきあえる、恵まれた環境といえる。

 「清水の舞台」と呼ばれてる本堂は徳川家光の寄進により寛永10年(1633年)
に再建された物。   ”田村”に出てくる”枯れ木にも花を咲かせる”という本尊の
千手観音は秘仏で、33年に1度の御開帳の為ほとんど見る事が出来ず
学術的な調査もほとんど行われた事が無いらしい。 

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